自己紹介

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 ずっと 魂が呼ばれている気がしていたアフリカに青年海外協力隊で行くことが決まりました。 どんなことが待ち受けているのか楽しみでわくわくドキドキ!!!。 幼稚園の先生としての経歴 ・日本の幼稚園4年間 ・ベトナムの日系幼稚園2年間 ・韓国の幼稚園の日本人クラス1年 ・ドイツの日系幼稚園2年間 ・日本のインターナショナル幼稚園10ヶ月 ・セネガル幼児教育隊員2年間。 幼稚園の先生最高です!!!! 自分にむいてないと思ったことは何度もあるけど辞めたいと思ったことは一度もない! 子どもから学ぶこと多し! この職業に出会えて本当によかった~~~~~~~~~~~。

2011年10月18日火曜日

ゴミの町でゴミ拾い

 カオラックはゴミの町として有名!
旅行者向けガイドブックのロンリープラネットにもカオラックは人が住める街じゃない!なんて書かれてあったのですが・・・。それが私たちの町。
セネガル人はゴミを道に捨てる事をさほど悪い事とも思っていないので、ゴミはそこらへんに捨てる、ゴミ処理場はない、だから掃除もしないという負のトライアングルが出来上がっているわけで・・・・。
何とかしたいでもどうにもならない・・・と思い続けて1年半
まず街ごと燃やしてきれいにしてから1から街を・・・なんて思ってしまうほど汚いです。

そんなところに清掃活動の話が舞い込んだので参加してきました。
今回は
・JICA(日本青年海外協力隊)8名
・KOICA(韓国青年海外協力隊)8名
・セネガル人のプティ
の17名でカオラックの中でもゴミの中心部・・・いやゴミのメッカと言っても過言ではない市場のタクシー乗り場周辺を掃除しました




KOIKAが持ってきてくれたビニール手袋を装着しビニールを片手にひろうもそこはゴミのパラダイス!
道がゴミで出来ているためすぐにビニールは満タンに・・・



ゴミ捨て用のコンテナがあるのだが回収されていないのかコンテナの周辺にゴミがあふれすぎてその通り全体がゴミ箱のようになっている・・・。

何してるんだ~~!?うちの店の前も拾ってくれよ!と見てるだけなくせして指示までしてくる奴や、セネガルはこうなんだからゴミ拾いなんてしなくていいんだよ~という奴、これ見よがしにさらにゴミを捨ててくる奴と拾ってるゴミに唾を吐きかけてくる奴がいて、ボンドは殺意に震えておりました。
一体誰の国やねーーん!!!ばかやろ~~ぅ!っと思うことも多々ありましたが・・・。セネ人のプティがなぜ清掃活動をしているのか、ゴミ拾いがなぜ大切な事なのかを説明してくれるというナイスな働きをしてくれていました。
私たちが散らかしたゴミを外国の人たちが拾ってるのよ!自分たちもきれいにしないと!っと手伝ってくれるセネガル人もいたり




タリベもお手伝いしてくれました。
ゴミは多すぎて回収しきれなかったけど色んな人に私たちの姿を見てもらうことで何か感じてくれたセネガル人はきっと多いはず・・・。
毎月続けていく事に意味があるんじゃないかな。




KOIKAとJICA,違う国籍の同じ志を持った仲間
協力しあえばなんだってできるんじゃない!?
次回はセネガル人をもっと巻き込んで行きたいですな!

2011年9月21日水曜日

じわじわと変わっていく常識・・・

ご無沙汰してます!
7月に長期休暇に入り3カ月!


任地で音楽祭や




日本祭りがありました








それ以外はモロッコとスペイン旅行に出かけていました。
今度そのレポートもしたいと思います。

”セネ食いらない、セネ人うるさい、セネガルのば~~~かっ!!”と心が荒れ狂っていたところの任国外旅行(そういう時期は誰にでもあるもんですよね!?)・・・・すっごくリフレッシュして帰ってくる事ができて、やっぱここが一番ええなぁ~~と思える今日この頃です。

...ところでこないだトイレから出てきた隊員が”音消しに水を流したら水が足りなくってトイレットペーパー流れなかった~~”といって戻ってきたんです・・

そこでハッと気づく”そうだ日本では音を消すために水を流してたんだった!!”そういうどうでもいいけど日本で当たり前だった事を忘れて、気づかないうちに自分の習慣が変わってしまっている事に驚く・・・。
しかもじわじわと感覚が変わってきているせいで自分で変だと気づいていない事が多いので怖い。
足で踏みつぶしたゴキブリは素手でつかんで庭に投げる・・とか・・下着はつけないとか・・トイレのドアは閉めないとか・・約束した時間に家を出発するとか・・・。

同期がシャンプーだけで体も全部洗うのが当たり前になっていたり、”鏡を久しぶりにみた~~~”と言って喜んでいるので、今までどうしてたのか聞いたら地面に映る自分の影を見て髪の毛をセットしてた・・・とかほざく人がいたり・・・。
同任地の隊員はヘアーワックスの変わりに髪に石鹸つけてまとめてるんです!っていいながらレストランに現れたり・・・。

人が当たり前のようにしているおかしな事で驚く事多いけど自分もどこかで何か驚かれているのかもしれないな・・・気をつけようっと・・・。

同任地でお世話になった隊員2名がもうすぐ帰国します。
本当にメッチャ寂しい。日本に帰っても頑張ってね~~~!
残された5人でカオラック盛り上げていきましょー。




という私も残り6ヶ月の任期になりました。
学校始まったら悔いを残さないように全力投球で頑張ろーっと!

2011年7月3日日曜日

激怒そして号泣

 昨日、ジャイアン(←私が組んでいる本当によくない年長の先生)が居る幼稚園にいつものように出勤・・・・。
子どもたちが全員登園し終わったところに出勤してきたジャイアンはいつものようにお手伝いさんとおしゃべりに夢中、子どもたちは廊下で椅子に座って待ちぼうけ。

仕方なく年中の先生を誘って子どもたちとクラスに入り次の日の終業式で歌ってと頼まれているセネガル国歌を子どもたちと練習していたら、お客さんが現れた・・・外でしゃべっていたジャイアンはお客さんにいかにも自分がちゃんと働いているように見せかけようとして突然部屋に入ってきた。
そして私と年中の先生が子ども達の前で椅子に座って保育しているのに
“ジャトゥー(私のセネガル名)立ちなさい”っと言って私をどかせ自分がその椅子にドカリと座った。
さらに“ジャトゥーもう一個いす!”っといって顎で外にある椅子を指す。
私が切れながら椅子を取ってくるとお客さんがそこに座る・・。
途中で入ってきてさらに保育するようなしぐさを見せつけているが 私はまともに保育しているところをこの1年3カ月一度も見た事がない。

“ジャトゥー何してるの?そこらへんに座れば?”と顎で示されたところは子ども用のいすがずっと使われずほこりまみれになって積まれてある教室のすみ。

なんだか積もり積もったものがドカーーンと爆発して “もういい帰る”といって荷物を持って出て行く私に “どこ行くのまちなさいよ!!”っと呼びかけられるがそれも無視・・

早歩きで外に出て行くと ジャイアンが走って追いかけてくる “まって!何で帰るの?あなた明日の終業式の準備が今日はあるのよ手伝いなさいよ!!”

・・・・なぜ私が怒っているか理解していない上にさらに私をただの人手としてここにとどまれと言ってくるジャイアンにどうしようもないくらい腹が立って “あなたみたいな悪い先生は見た事がない、子どもに保育もしないで何が先生よ!いつもしゃべって寝て休んでるだけなのに今日のあれはいったい何!?私はこんな幼稚園もう二度とこないし今から教育省にいって私のカウンターパートに話を聞いてもらう!!”と大声でどなったら、教育省に行かれてはまずいと思ったのか急に態度を変えて“本当に悪かったわ!私たちは友達でしょう?だから話しあいましょうさあ戻って”と腕を掴まれる・・
でも いつもそういって何も変わってこなかったジャイアンだ。
私は無視をして早足で進もうとするとそこにいた男の人も私をはがいじめにする。
腕に爪のあとが残るくらいすごい力で取り抑えられながらも、がむしゃらに振りほどき(カンフーを習ってた時に教えてもらった両腕を掴まれたらどうやって逃げるかという方法がまさかこんなところで実践される事になろうとは・・・・。)
抑えつけてる人を蹴飛ばしジャイアンを突き飛ばし(自分の方がよろけたが)走って逃げてIDEN(教育省)に駆け込んだ。


私のカウンターパートのジャオさんはものすごく忙しい人でその日も大量のお客さんが部屋にいて入れなかったので外で待っていたら、なんと幼稚園からジャイアンたち3人の先生が追いかけてきた(先生全員がここにいるとう事は幼稚園に残されてる子どもたちは一体どうなってるのだろうか!?)
“とにかく園に帰って話し合おう!教育省の人に相談するのだけはやめて!”といって私を説得にかかったが、“悪いのは誰なのよ!!!全部言うまでは帰らない”といって座り込む。これはダメだと思ったジャイアンは自分からジャオさんのところにいっていいわけを始めたが彼はとても話が解るひと・・
“一体何があったんだ!ジャトゥーだけにして後はみんな出て行きなさい!”といって、話を聞いてくれる


いつも授業はほとんど行われていない事、勉強ノートもお絵かきノートも子どもにはやらせないで先生が適当に書いてまるで子どもがやったように見せかけている事、何度言っても協力してくれない事、私が授業をすると買い物に出かけてしまう事、今日、まるでお手伝いさんのように扱われて自分が怒った事、先生たちにやる気はないが 子ども達の為にと思って今日までやってきたがもうこれ以上は無理だから他の園に変わりたい事を泣きながら全部話した。

するとジャオさんは外に居た3人の先生を呼んで“自分も日本に行った事があるが、そこに行くだけでも大変な時間と労力がいるんだ、ましてや日本から家族や友達と離れて言葉も通じない国に一人で来る事がどんなに大変なことなのか想像した事はあるかい?
私は日本の保育のよいところをいっぱい見たのでそれをセネガルに広めることは重要だと思っている。
先生たちはボランティアと協力してセネガルの教育をよくしていかなければならないのではないかな?そのボランティアがせっかくあなたたちの園を選んでくれたのにそれを生かしていない事は間違っているのではないか?という事を諭した。

先生たちは“そうだわ!私たちはこれからも色々と手を取り合って保育をしていかなければならないわ!!”・・なんて調子のよい事をいっていたが・・きっとジャオさんの前だけだろう・・・・。

そして私にも “あなたにこの園を紹介したのは私だからそれは私の責任だ。
本当に申し訳なかった。
来年度は違う幼稚園に行ってもいい。けれども明日の修了式は 子ども達もジャトゥーと歌を歌うのを楽しみにしているし、1年3カ月もいたところなんだから最後のお祭りには参加して先生としてちゃんとけじめをつけて今年度は終えるべきだ、私は今まで幼稚園の修了式に参加した事は一度もないが明日はあなたと一緒に行ってあげるから式だけは出よう。”と言われる。

こんなに偉い立場の人が私のために一緒に足を運んでくれるというのだと思うと、さっきまで“誰が何と言おうと私は明日も行かない!!”っと思っていた気持ちもおさまり、子どものためとそして自分は先生なんだから最後の終業式まで責任を持って出るべきだと私も思うようになった。
そして“明日の式には必ず来てね!!”と無理やり私の手をとって握手をし先生たちは帰って行った。


色々なセネガル人を見てきたが、ジャオさんはさすがだ。
私がすごく感情的になってまくしたてた話も一旦冷静に聞き入れ、同意してくれながらも、先生たちに怒り狂ったり、怠惰だった部分を責めるという方法ではなく私が置かれている立場と先生たちが取るべき行動を示し、そして私にも最後の式に出る事を説得した。
上に立つ人ってこうじゃなければな!!なんて感心してしまったが・・・。


すごい言葉をののしってさらに突き飛ばしたジャイアンとどうやって顔を合わせるのだろうか・・・・約束をしてしまった以上、行くという選択肢しかないが非常に心が重くなった。



そして今日・・・
行きたくないーーーとダダをこねる自分の心と闘いながら修了式のお祭りに行く。
すると私が拍子抜けするほどに “よく来たわね!ここに座ってね!”“ジャトゥー服が綺麗ね!!”っと機嫌を取ってくるジャイアン(少しは反省しろよ・・・と思いながらも 昨日の事がなかったくらいの勢いで接してくるセネ人を見てその性格が少しうらやましくなる。)

そして、ここの園長先生の“日本から来たボランティアのジャトゥーがこの幼稚園で働いて、そして色々な授業ををしてくれていることに感謝しています・・などとあからさまな挨拶から始まり、もう来ないのかと諦めかけたジャオさんも帰る30分前にきてマイクを握り続け(20分くらい)ジャトゥーがこの幼稚園で活動している事は素晴らしい。こうやって色々な事を研究しながら我が国の保育もよくなっていくだろう!ジャトゥーよ!来年も先生たちと協力して仲良くやっていきなさいね”なんてうまい事やられた感のあるスピーチをしていたが・・・・この園に来る事はもう二度とないよと心の中でつぶやく。

今日のあれは、激怒した私の機嫌をみんなでとりまくるみたいな会だったな・・・。セネ人たちは“まるくおさまってよかった”くらいにしか感じてないと思う。
私はあからさまなスピーチも対応もいらないから黙っていても自分の行いを少しは見つめなおして欲しいな・・・と思うのですが、でもまぁ卒業する子どもたちともお別れが出来たし、ジャイアン以外の先生たちにも昨日の自分の行いを謝る事ができたし、今年度最後までまがりなりにもやり遂げたからこれで気持ちよくバカンスに入れる!嫌だったけど来て本当によかったと思いました。
終わってすっきりです。



いつも嫌な事があっても どうせ言葉もまともに通じないし、セネ人だから仕方がないと言いたい事を全部言わずにいたり、すごく理不尽な事が起こっても まっどーでもいいよ。と諦めていた事ってすごく多かったから、別に腹もそんなに立たなかったんだけど・・・。
今回すっごい怒って言いたい放題言ってる自分に驚きました。新しい自分発見です。


初めて他人に大声で怒鳴って、殺意を覚えるほどに腹が立って、人を突き飛ばして、人前で泣いて、仕事を放棄しようと思って・・・・・一日でどんなけ初体験するんだと言うほどいろんな初めての事やりました。悪いとこだらけだけど、私ちょっとは本気になったか?

大人になっても反省するとこっていっぱいあるんやなー。
日々成長していくからっ!みんな・・・・見捨てんといてや・・・

2011年6月22日水曜日

成せばなる成さねばならぬ何事も(BY祖母の口癖)

  先月ですが・・・・EFI(教員養成校)での活動がおわりました。今年は2月に始まって5月に最終回を迎えました。

月2回土曜日に、これから小学校や幼稚園の先生になる生徒たちに、体育、環境教育、図工、音楽の授業をボランティアが行っています。


7年前に先輩隊員が始めたこの活動、人が入れ替わりながらも改善が繰り返されて今まで続いてきました。
去年配属されてすぐにEFIの見学に行き、フランス語やウォロフ語で堂々と自分の思っている事を伝えながら授業をしている先輩達を見て“すごすぎる!!!私には出来ない!!!無理無理無理”って思った。
 先生の卵に直接 情操教育や授業を楽しく作る方法を教えるすごくいい機会だとは頭でわかりながらも、“いつも子供相手にしている私が大人相手に授業って・・・!しかも言葉できないよ!!”っとかなりひるんでいたし“やりたくないな~~~”という思いでいっぱいだったけど・・・。
自分でやってみて失敗を繰り返して、回数を重ねるうちどんどん楽しくなっていった。
最初、出来るわけがないって思った事が出来たという喜びや、生徒たちが楽しそうに参加してくれている表情を見ていて、私も自信がついたし、やりがいを感じた。

最終日には調整員さんも見学に来てくれました。

来年もより良い授業が出来るように、先輩から受け継いだものをまた次の隊員に引き継いでいけるように頑張りたいと思います。
 やらなければ自分にはかけ離れて遠く難しいものに見え、やり始めれば案外やれるんだと気付く。物事はいつでも案ずるより産むが安しなのかもしれない。

やる気があれば何だってできる。
頑張れば頑張っただけ自分に帰ってくるものがある。そんな事を感じたEFIでした。

ともあれ、みんなの助けがなければ成り立たなかった音楽の授業。 ↓の仲間は私の家族のような存在カオラック周辺在住メンバーです。みんな本当にありがとう。




授業風景の一部を動画で・・・。掛け算の歌を歌っているところです。



2011年6月19日日曜日

拷問遠足

今学期もそろそろ終了です。

私が通ってる公立幼稚園の年長さんが卒業するということで、最終日の卒業遠足に行ってきました

計画性とか、あんまりないセネ人が企画する遠足・・・一体どうなるものかと怖いもの見たさで参加しましたが・・やはり期待は裏切られなかった!







 ”朝7時半に出発だからね!”と言われたので、体調がすこぶる悪い中、早起きして出勤・・・。

でも何時に帰ってくるのか聞いていなかったので先生に尋ねてみると”夕方 インシャーラだよ”・・・との事。

インシャーラ=神様の思し召しの通り

おぉ!早速出ましたインシャーラ!見送る保護者たちにも”夕方インシャーラに迎えに来て下さい”といってるではありませんか・・・。

しつこく“何時に帰ってくるのよ~~?”っと聞きいても、“そんなこと解るわけがないじゃないか!!”との返事・・・。

”解れよ!!!”っと心の中で突っ込んでみたり・・・”こんなざっくりでよく保護者が怒ってこないもんだ”と感心している間にも時間は過ぎていく・・・準備と子どもたちの確認にてこずり出発したのはなんとすでに2時間遅れの9時半!!

ご飯食べて帰ってくるから3時かな~~なんて言われたので 私流勘算(セネ人が思う時間×2倍)をしてみる。

9時から15時が6時間だから×2で12時間・・・っということは夜の9時か・・・

って・・・まさか幼稚園の遠足に夜9時解散はないだろうな。

”神様6時までに帰ってこれますように”と私もインシャーラに対抗して直接神頼み・・・。





 結局全校生徒の半分しか出席せず園児120人を1つのバスにつめて

昼ごはんを作るお手伝いお母さんたちと私はカール(ミニバス)にのって出発しました。



つかまっていないと椅子からずり落ちるくらいのガタガタの砂道を走ること3時間!!!(幼稚園の遠足に片道3時間の場所を選ぶ事がすでにおかしい。)先生たちも保護者ももう疲れきっったところで園児のバスが見えない事に気づく・・・・

電話をしてみると砂にタイヤが埋まって動けないからミニバズでピストン輸送してほしいとのこと・・・

”それじゃ園児迎えに行ってくるからここで降りてね!”っと下ろされた場所はここ。










”大丈夫後少し歩けば海が見えるから インシャーラ”

と言われ酔ってふらふらになっているみんなをポイとすててバスは逆戻り・・・。

バスから降りる体力も残ってないというのに・・・12時の灼熱の大地に降ろされて・・・歩いて行けよインシャーラとは・・・・。

これは体力を温存しながらじゃないと生きてたどりつけない・・・みんながそう思ったのか ゆっくりそして誰も話をしないでひたすら暑さにたえて歩くこと30分以上・・・・。

頭がくらくらしてきたところで目的地にたどり着く・・・

これで園児が到着したらまたここは戦場になる・・それまでに何とか体力を回復しなければ!!



第一陣で運ばれてきた園児が降りてくるとさぁ大変!予想を上回る大暴れ!

有り余るパワーで飛んだり跳ねたり・・・



海に行くからとみんな水着を着てきたのに入れるような所じゃなく、結局ちょっと足をつけ 既成事実用の写真をとるだけで海は終了。








あとは園長の子どもと先生たちの子どもが好き勝手水で遊んでいるのを園児が眺めているだけ・・という辛い図に・・・。



目の前に水があるのに入れないのがもどかしいのか 子どもたちは海で遊びたい!!!っと駄々をこねまくる・・・そりゃそうだよ・・・ほんと・・・。

3時間もかけてきたのに歌を歌ってるだけなんて・・幼稚園の園庭でやればいいことじゃん・・・かわいそう子ども達。

下見とかないんだよね・・ってか下見っていう単語自体ないんだろうなぁー。



一方で、お手伝いで来ているお母さんはさっそく料理(この時点で1時)私も体力がつきたので調理班に入れてもらう・・。まずは火を起こすところから・・・・








今日は大量のヤッサです。







(絶対余る!!とひと目で解ったが、本当に余って帰りヤッサ鍋を抑えながらバスに乗るはめになる事をこの時の私はまだ知らない)


 子どもは海にも入れず日蔭が唯一ある建物の下に集められてご飯までの時間をひたすらつぶす・・・(疲れて寝てしまう子も・・)







そして出来あがったのがこれ。







食べ始めたのは3時半・・・(あれ?帰宅予定の時間すぎてますけど・・)

  一仕事終えトイレに行くと10人くらい子どもがたむろして大惨事!!2人が水道の水で遊んで水浸し・・・その上を裸足の子どもたちが歩き回っていて、う○こがしたいーーと泣きながら訴えかけてくる3歳児に服を掴まれる・・・。

ご存じの通りセネガルトイレは紙とかありません・・・・最後にかやんみたいのに入ってる水で流して終了なんだけど・・・う○こということは・・・やっぱり!?洗ったげる!?

自分のは相当慣れたけど、人のまで素手で洗うの抵抗あっる~~とか思ってる暇がないくらい次から次へと う○こコール・・・。

全部のお尻を洗い終わったあと、大盛りのヤッサを出されたのだが、、食欲0な上に手で食べる気が起こらず・・。ほぼ残す。





後かたずけをしてたらあっという間にあれ6時!?

ここに来るまでに3時間かかったっという事は・・・あえて考えないようにするか。





 バスに乗り込んだのは夕陽がきれいに見える夕方・・・

帰りも来た時と同じようにカールで子どもたちをピストン輸送、私は乗ってきたミニバスで先生とお母さんたちとゆられながら帰る。

途中何度も野しょん休憩が入るが、物陰どころか草すらない平地。

さっきのお尻洗い戦争のせいでトイレに行きそびれていた私だが、家までトイレに行けないんだなと覚悟を決める。



疲れているし、揺れが激しいし、昼の残りのヤッサが大量に車内にありその匂い充満中。

とうとうお手伝いのお母さんが連れてきた子どもがもどすもどす・・・。

こっちの車でこんなありさまだったら120人乗ってるのに3人しか先生が乗ってないあっちのバスの方はいったいどんな大惨事になっているのだろうか?

っと心配になったが、どうしようもないのでまた考えないようにしてみる・・。



疲れて眠りかけていたら、なにやら”まっすぐだ””いや違う、もっと右だ”っと言い争いが始まるではないか・・・。

まさかとは思うけれど・・・!?まさかの~~~迷った!?

こんな道なき道を走ってたら迷子になるの・・解るよ・・・解るんだけどね・・・でも・・・。

いいや・・考えないようにしよう。

すると運よく道にたどりつく。一同ホッ・・・。



園到着したのは私が予想したまさかの21時・・・。

手伝いのために子どものバスに乗り込むと通路が水浸し・・・その匂いから汚物だろうな・・と想像できるも、ここもあえて考えないように努め、最後の力を振り絞って寝ぼけてる子どもを抱きあげ外に出し、忘れ物のサンダルを拾い集める事に集中。

保護者への連絡も一切なかったので(というか電話番号自体を知らない)

待ちくたびれた保護者の人だかりにかこまれるが、一斉に引き渡すと子どもが勝手に出ていって収集がつかなくなってしまうため 一人ずつ名前を呼んで引き渡すことに・・・

それでも保護者はわが子はどこだと詰め寄る。子どもはうろうろ。先生は保護者に怒鳴り散らす。

その繰り返しの作業をする事1時間・・・やっと解散になったのは22時でした・・。

幼稚園の遠足22時解散!!どんなやねん!



最後に先生たちが集まって反省会。

“バスが長くて疲れる!“っと一人の先生がいい。

“そうだそうだ!疲れたぞ!”“まぁいい思い出になったか”

 ・・・・はい。解散。

いやいやいやいや めっちゃ先生目線やし・・・もっと反省する点があるやんか~~いっ!



あぁこれは来年も同じ場所に行っちゃう可能性ありだな・・よし次回は誘われても断ろう。

と私の心の中で一人反省会をして。一日が終了したのでした。



ここはセネガル。

日本の物差しじゃ何も測れないということにだいぶ慣れていたはずなのに、どうやらまだまだ驚かされる事はつきていないようです。



日ごろ口に出して疲れたーーとかいうことほとんどないのに・・

セネ人に“疲れたか?”と聞かれて“疲れた” っと即答している自分に笑えました。

セネガル疲労困憊DAYランキング堂々の1位を飾る記念日になりました。

2011年6月14日火曜日

祝うような年じゃないのに・・・・

 メールやメッセージくれたり、電話してくれたり、ご飯作ってくれたり、ケーキ作ってくれたり、DVD作ってくれたり、プレゼントくれたり・・本当にみなさんありがとう。

日本にいる時 忙しい毎日の中で自分の誕生日なんて忘れてて過ぎ去ってる事ってよくあったけど・・・セネガルでは時間にゆとりがあるから(暇とかゆーたらあかんで)誕生日をお互いに祝ったり、バカなことして遊んだり・・本当に色々なことしてはみんなと集まってワイワイ過ごしているなーーと感じました。

同じ幼児教育の隊員さんがいってたけど、セネガル人は助け合って生きてるけど、セネガルにおる日本人も同じく助け合いながらじゃないと生きていけないからこうやってお互いの絆とか深いんやな~~。
時間のゆとりから生まれる心のゆとり・・・これもすごいある。
そんな中で自分の好きな活動が出来るなんて幸せこの上ない事です。
”セネ人嫌い!!”って怒り狂う日も、自分の無力さに失望する日もあるけど、こんなふうに好きな仲間に囲まれて毎日が過ごせる事に感謝!!!
愛と力をいっぱいもらって、すっごいすっごい元気になりました!嬉しかった~~~みんなありがとう。
また明日からがんばります。
今年の抱負は”全力投球!”
友達を愛することも、活動も、セネ人との関わりも、遊びも、恋も、全部全力投球でいっきまーーっす!

まっきーさん目をつぶって!
っと言われて庭に連れていかれた先で待ち受けていた誕生日サプライズはなんと!!!


















ん!?パイ投げって・・・あれでしょ?
罰ゲームとかでよくやるやつでしょ?
私誕生日なんですけどぉ~~~~~!!!!でも まっいっかぁ~~。

後は
生まれて初めてムービーを作ってもらいました。
製作者と出演者の問題もあり、
あまりのゲスさにお見せすることが不可能なことが残念ですが・・・。
感動する涙が引っ込むくらい面白いものでした。
作るのめっちゃ大変やったと思う。
宝物にします。ありがとう。

ご飯やケーキを作って祝ってくれたカオラックメンバーさんも0時超えるまでよくつきあってくれたもんんだ・・・・。
うどんも ピーマン肉詰めも サラダも グラタンも 魚も ケーキも
全部最高に美味しかったです。
ありがとーーーーーう。

2011年5月8日日曜日

とうとうやってきました猛暑!!!


猛暑って辞書で引いたら 5月のセネガルって出てくるんじゃないかと思うほどに・・・・暑いです。


ぞう組のお母さん方にセネガルに来る時にプレゼントしてもらった時計&温度計は室内は36度をさし 外の日なたはなんと54度!!!ワォ!!

そら・・歩いてるだけで頭痛くなるはずやわ。

もう 何もしなくても体力奪われてしまって、活動のうりょく低下中。

これよりもっと暑い任地で生活してる隊員によると、セネ人はただひたすらぐったりしながら何もせずその季節が過ぎ去るのを待っているっていってたけど・・・それも仕方ないことですな・・。



こんな暑さに追い打ちをかけるように増える停電&断水ーー。

ドライヤーのような風邪でも扇風機があるとないじゃ~全然違う・・・。





それはさておき



 今4つの幼稚園を巡回しているのですがその一つの園の先生がほーーーんっとにジャイアン(性格)でそしてやる気がない・・。(他の園の先生たちとは順調にやってます)



私が何か始めればちょっと買い物行ってくるからーーっすぐ戻るわ!

と出かけて戻ってこない・・。


この作った凧を飛ばして遊んだ日も 知らない間に先生が消えていてこの後子どもが遊具に登ってやりたい放題。つかみ合いの喧嘩も始まり結局教室に撤収することになりました。



”先生たちとアイデアを出し合って、一緒に授業をよりよくしていきたいのに一人でやったら意味ないーーー!!そんな風にするなら他の幼稚園に行く!!もう来ない!!”と私が言い



”いやいやまって 今日は特別な用事があったからだよ 今度は一緒にするし、ね!!私たち友達でしょ?来週も来てくれるのをまってるわ!!”



みたいなやり取りが毎回繰り返される



子どもたちも先生がいなくなると普段弾圧されている分まで大暴れ。

学級崩壊とかじゃなくて・・・なんていうのかな・・・暴動?!

もうこうなったら私が何を言っても聞こえないし けが人が出るんじゃないかと思うほどに暴れる・・・。

持ってきたものも全部取り会いになって製作物なんて引きちぎられなにか授業をするような状態でなくなる・・・。



めっちゃ怒ってみたり、ひたすら傍観してみたり、賢い子を説得してみたり、違うことをして気を引いてみるも未だどの方法も成功せず・・。



結局は、大騒ぎの声を聞きつけた他のクラスの先生が怒鳴りながら入ってきて木の枝で子どもたちの頭をまるでモグラたたきのように片っ端から殴って出ていく。

そして、すすり泣く子どもたちと私が残される・・。



まるで地獄絵巻。





2年間で、先生おらんくても、鞭なしでも子どもたちをひきつけられる保育をすることを目標にしてるんだけど。そんな日が来る気がしない・・・・。

一人で授業が成功する日が来たら私は感動して泣いてしまいますよ。ホント。



こんな園もう2度とくるもんかーー!!って毎回思いながらも足を運んでしまうのは、きっと私が来たとき大喜び出迎えてくれる笑顔とか 授業で褒められたときの嬉しそうな顔とか めっちゃ楽しそうに作ったもので遊んでる姿とか見てしまうからかな・・。



最近は、この国にはこの国にあったやり方にそってやってるんやなって、理不尽なことも認められるとこが増えてきた。

でももうちょっとなんとかならんかなってところもある。

私が言ったからって、私の前でだけでよくするんじゃ何も変わらない。

そもそも変わる事なんてセネ人は望んでないじゃないかとも思うが。



鞭を使うことも、手洗いを一つのバケツで済ますことも、ゴミをどこにでも捨てることも、悪いとわかっていながら変わらないのには何か訳があるのかな???

こういう生活習慣を変えることは一筋縄にはいかないけれど・・・

諦めへんとやるしかないっか・・・・。