自己紹介

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 ずっと 魂が呼ばれている気がしていたアフリカに青年海外協力隊で行くことが決まりました。 どんなことが待ち受けているのか楽しみでわくわくドキドキ!!!。 幼稚園の先生としての経歴 ・日本の幼稚園4年間 ・ベトナムの日系幼稚園2年間 ・韓国の幼稚園の日本人クラス1年 ・ドイツの日系幼稚園2年間 ・日本のインターナショナル幼稚園10ヶ月 ・セネガル幼児教育隊員2年間。 幼稚園の先生最高です!!!! 自分にむいてないと思ったことは何度もあるけど辞めたいと思ったことは一度もない! 子どもから学ぶこと多し! この職業に出会えて本当によかった~~~~~~~~~~~。

2011年6月22日水曜日

成せばなる成さねばならぬ何事も(BY祖母の口癖)

  先月ですが・・・・EFI(教員養成校)での活動がおわりました。今年は2月に始まって5月に最終回を迎えました。

月2回土曜日に、これから小学校や幼稚園の先生になる生徒たちに、体育、環境教育、図工、音楽の授業をボランティアが行っています。


7年前に先輩隊員が始めたこの活動、人が入れ替わりながらも改善が繰り返されて今まで続いてきました。
去年配属されてすぐにEFIの見学に行き、フランス語やウォロフ語で堂々と自分の思っている事を伝えながら授業をしている先輩達を見て“すごすぎる!!!私には出来ない!!!無理無理無理”って思った。
 先生の卵に直接 情操教育や授業を楽しく作る方法を教えるすごくいい機会だとは頭でわかりながらも、“いつも子供相手にしている私が大人相手に授業って・・・!しかも言葉できないよ!!”っとかなりひるんでいたし“やりたくないな~~~”という思いでいっぱいだったけど・・・。
自分でやってみて失敗を繰り返して、回数を重ねるうちどんどん楽しくなっていった。
最初、出来るわけがないって思った事が出来たという喜びや、生徒たちが楽しそうに参加してくれている表情を見ていて、私も自信がついたし、やりがいを感じた。

最終日には調整員さんも見学に来てくれました。

来年もより良い授業が出来るように、先輩から受け継いだものをまた次の隊員に引き継いでいけるように頑張りたいと思います。
 やらなければ自分にはかけ離れて遠く難しいものに見え、やり始めれば案外やれるんだと気付く。物事はいつでも案ずるより産むが安しなのかもしれない。

やる気があれば何だってできる。
頑張れば頑張っただけ自分に帰ってくるものがある。そんな事を感じたEFIでした。

ともあれ、みんなの助けがなければ成り立たなかった音楽の授業。 ↓の仲間は私の家族のような存在カオラック周辺在住メンバーです。みんな本当にありがとう。




授業風景の一部を動画で・・・。掛け算の歌を歌っているところです。



2011年6月19日日曜日

拷問遠足

今学期もそろそろ終了です。

私が通ってる公立幼稚園の年長さんが卒業するということで、最終日の卒業遠足に行ってきました

計画性とか、あんまりないセネ人が企画する遠足・・・一体どうなるものかと怖いもの見たさで参加しましたが・・やはり期待は裏切られなかった!







 ”朝7時半に出発だからね!”と言われたので、体調がすこぶる悪い中、早起きして出勤・・・。

でも何時に帰ってくるのか聞いていなかったので先生に尋ねてみると”夕方 インシャーラだよ”・・・との事。

インシャーラ=神様の思し召しの通り

おぉ!早速出ましたインシャーラ!見送る保護者たちにも”夕方インシャーラに迎えに来て下さい”といってるではありませんか・・・。

しつこく“何時に帰ってくるのよ~~?”っと聞きいても、“そんなこと解るわけがないじゃないか!!”との返事・・・。

”解れよ!!!”っと心の中で突っ込んでみたり・・・”こんなざっくりでよく保護者が怒ってこないもんだ”と感心している間にも時間は過ぎていく・・・準備と子どもたちの確認にてこずり出発したのはなんとすでに2時間遅れの9時半!!

ご飯食べて帰ってくるから3時かな~~なんて言われたので 私流勘算(セネ人が思う時間×2倍)をしてみる。

9時から15時が6時間だから×2で12時間・・・っということは夜の9時か・・・

って・・・まさか幼稚園の遠足に夜9時解散はないだろうな。

”神様6時までに帰ってこれますように”と私もインシャーラに対抗して直接神頼み・・・。





 結局全校生徒の半分しか出席せず園児120人を1つのバスにつめて

昼ごはんを作るお手伝いお母さんたちと私はカール(ミニバス)にのって出発しました。



つかまっていないと椅子からずり落ちるくらいのガタガタの砂道を走ること3時間!!!(幼稚園の遠足に片道3時間の場所を選ぶ事がすでにおかしい。)先生たちも保護者ももう疲れきっったところで園児のバスが見えない事に気づく・・・・

電話をしてみると砂にタイヤが埋まって動けないからミニバズでピストン輸送してほしいとのこと・・・

”それじゃ園児迎えに行ってくるからここで降りてね!”っと下ろされた場所はここ。










”大丈夫後少し歩けば海が見えるから インシャーラ”

と言われ酔ってふらふらになっているみんなをポイとすててバスは逆戻り・・・。

バスから降りる体力も残ってないというのに・・・12時の灼熱の大地に降ろされて・・・歩いて行けよインシャーラとは・・・・。

これは体力を温存しながらじゃないと生きてたどりつけない・・・みんながそう思ったのか ゆっくりそして誰も話をしないでひたすら暑さにたえて歩くこと30分以上・・・・。

頭がくらくらしてきたところで目的地にたどり着く・・・

これで園児が到着したらまたここは戦場になる・・それまでに何とか体力を回復しなければ!!



第一陣で運ばれてきた園児が降りてくるとさぁ大変!予想を上回る大暴れ!

有り余るパワーで飛んだり跳ねたり・・・



海に行くからとみんな水着を着てきたのに入れるような所じゃなく、結局ちょっと足をつけ 既成事実用の写真をとるだけで海は終了。








あとは園長の子どもと先生たちの子どもが好き勝手水で遊んでいるのを園児が眺めているだけ・・という辛い図に・・・。



目の前に水があるのに入れないのがもどかしいのか 子どもたちは海で遊びたい!!!っと駄々をこねまくる・・・そりゃそうだよ・・・ほんと・・・。

3時間もかけてきたのに歌を歌ってるだけなんて・・幼稚園の園庭でやればいいことじゃん・・・かわいそう子ども達。

下見とかないんだよね・・ってか下見っていう単語自体ないんだろうなぁー。



一方で、お手伝いで来ているお母さんはさっそく料理(この時点で1時)私も体力がつきたので調理班に入れてもらう・・。まずは火を起こすところから・・・・








今日は大量のヤッサです。







(絶対余る!!とひと目で解ったが、本当に余って帰りヤッサ鍋を抑えながらバスに乗るはめになる事をこの時の私はまだ知らない)


 子どもは海にも入れず日蔭が唯一ある建物の下に集められてご飯までの時間をひたすらつぶす・・・(疲れて寝てしまう子も・・)







そして出来あがったのがこれ。







食べ始めたのは3時半・・・(あれ?帰宅予定の時間すぎてますけど・・)

  一仕事終えトイレに行くと10人くらい子どもがたむろして大惨事!!2人が水道の水で遊んで水浸し・・・その上を裸足の子どもたちが歩き回っていて、う○こがしたいーーと泣きながら訴えかけてくる3歳児に服を掴まれる・・・。

ご存じの通りセネガルトイレは紙とかありません・・・・最後にかやんみたいのに入ってる水で流して終了なんだけど・・・う○こということは・・・やっぱり!?洗ったげる!?

自分のは相当慣れたけど、人のまで素手で洗うの抵抗あっる~~とか思ってる暇がないくらい次から次へと う○こコール・・・。

全部のお尻を洗い終わったあと、大盛りのヤッサを出されたのだが、、食欲0な上に手で食べる気が起こらず・・。ほぼ残す。





後かたずけをしてたらあっという間にあれ6時!?

ここに来るまでに3時間かかったっという事は・・・あえて考えないようにするか。





 バスに乗り込んだのは夕陽がきれいに見える夕方・・・

帰りも来た時と同じようにカールで子どもたちをピストン輸送、私は乗ってきたミニバスで先生とお母さんたちとゆられながら帰る。

途中何度も野しょん休憩が入るが、物陰どころか草すらない平地。

さっきのお尻洗い戦争のせいでトイレに行きそびれていた私だが、家までトイレに行けないんだなと覚悟を決める。



疲れているし、揺れが激しいし、昼の残りのヤッサが大量に車内にありその匂い充満中。

とうとうお手伝いのお母さんが連れてきた子どもがもどすもどす・・・。

こっちの車でこんなありさまだったら120人乗ってるのに3人しか先生が乗ってないあっちのバスの方はいったいどんな大惨事になっているのだろうか?

っと心配になったが、どうしようもないのでまた考えないようにしてみる・・。



疲れて眠りかけていたら、なにやら”まっすぐだ””いや違う、もっと右だ”っと言い争いが始まるではないか・・・。

まさかとは思うけれど・・・!?まさかの~~~迷った!?

こんな道なき道を走ってたら迷子になるの・・解るよ・・・解るんだけどね・・・でも・・・。

いいや・・考えないようにしよう。

すると運よく道にたどりつく。一同ホッ・・・。



園到着したのは私が予想したまさかの21時・・・。

手伝いのために子どものバスに乗り込むと通路が水浸し・・・その匂いから汚物だろうな・・と想像できるも、ここもあえて考えないように努め、最後の力を振り絞って寝ぼけてる子どもを抱きあげ外に出し、忘れ物のサンダルを拾い集める事に集中。

保護者への連絡も一切なかったので(というか電話番号自体を知らない)

待ちくたびれた保護者の人だかりにかこまれるが、一斉に引き渡すと子どもが勝手に出ていって収集がつかなくなってしまうため 一人ずつ名前を呼んで引き渡すことに・・・

それでも保護者はわが子はどこだと詰め寄る。子どもはうろうろ。先生は保護者に怒鳴り散らす。

その繰り返しの作業をする事1時間・・・やっと解散になったのは22時でした・・。

幼稚園の遠足22時解散!!どんなやねん!



最後に先生たちが集まって反省会。

“バスが長くて疲れる!“っと一人の先生がいい。

“そうだそうだ!疲れたぞ!”“まぁいい思い出になったか”

 ・・・・はい。解散。

いやいやいやいや めっちゃ先生目線やし・・・もっと反省する点があるやんか~~いっ!



あぁこれは来年も同じ場所に行っちゃう可能性ありだな・・よし次回は誘われても断ろう。

と私の心の中で一人反省会をして。一日が終了したのでした。



ここはセネガル。

日本の物差しじゃ何も測れないということにだいぶ慣れていたはずなのに、どうやらまだまだ驚かされる事はつきていないようです。



日ごろ口に出して疲れたーーとかいうことほとんどないのに・・

セネ人に“疲れたか?”と聞かれて“疲れた” っと即答している自分に笑えました。

セネガル疲労困憊DAYランキング堂々の1位を飾る記念日になりました。

2011年6月14日火曜日

祝うような年じゃないのに・・・・

 メールやメッセージくれたり、電話してくれたり、ご飯作ってくれたり、ケーキ作ってくれたり、DVD作ってくれたり、プレゼントくれたり・・本当にみなさんありがとう。

日本にいる時 忙しい毎日の中で自分の誕生日なんて忘れてて過ぎ去ってる事ってよくあったけど・・・セネガルでは時間にゆとりがあるから(暇とかゆーたらあかんで)誕生日をお互いに祝ったり、バカなことして遊んだり・・本当に色々なことしてはみんなと集まってワイワイ過ごしているなーーと感じました。

同じ幼児教育の隊員さんがいってたけど、セネガル人は助け合って生きてるけど、セネガルにおる日本人も同じく助け合いながらじゃないと生きていけないからこうやってお互いの絆とか深いんやな~~。
時間のゆとりから生まれる心のゆとり・・・これもすごいある。
そんな中で自分の好きな活動が出来るなんて幸せこの上ない事です。
”セネ人嫌い!!”って怒り狂う日も、自分の無力さに失望する日もあるけど、こんなふうに好きな仲間に囲まれて毎日が過ごせる事に感謝!!!
愛と力をいっぱいもらって、すっごいすっごい元気になりました!嬉しかった~~~みんなありがとう。
また明日からがんばります。
今年の抱負は”全力投球!”
友達を愛することも、活動も、セネ人との関わりも、遊びも、恋も、全部全力投球でいっきまーーっす!

まっきーさん目をつぶって!
っと言われて庭に連れていかれた先で待ち受けていた誕生日サプライズはなんと!!!


















ん!?パイ投げって・・・あれでしょ?
罰ゲームとかでよくやるやつでしょ?
私誕生日なんですけどぉ~~~~~!!!!でも まっいっかぁ~~。

後は
生まれて初めてムービーを作ってもらいました。
製作者と出演者の問題もあり、
あまりのゲスさにお見せすることが不可能なことが残念ですが・・・。
感動する涙が引っ込むくらい面白いものでした。
作るのめっちゃ大変やったと思う。
宝物にします。ありがとう。

ご飯やケーキを作って祝ってくれたカオラックメンバーさんも0時超えるまでよくつきあってくれたもんんだ・・・・。
うどんも ピーマン肉詰めも サラダも グラタンも 魚も ケーキも
全部最高に美味しかったです。
ありがとーーーーーう。

2011年5月8日日曜日

とうとうやってきました猛暑!!!


猛暑って辞書で引いたら 5月のセネガルって出てくるんじゃないかと思うほどに・・・・暑いです。


ぞう組のお母さん方にセネガルに来る時にプレゼントしてもらった時計&温度計は室内は36度をさし 外の日なたはなんと54度!!!ワォ!!

そら・・歩いてるだけで頭痛くなるはずやわ。

もう 何もしなくても体力奪われてしまって、活動のうりょく低下中。

これよりもっと暑い任地で生活してる隊員によると、セネ人はただひたすらぐったりしながら何もせずその季節が過ぎ去るのを待っているっていってたけど・・・それも仕方ないことですな・・。



こんな暑さに追い打ちをかけるように増える停電&断水ーー。

ドライヤーのような風邪でも扇風機があるとないじゃ~全然違う・・・。





それはさておき



 今4つの幼稚園を巡回しているのですがその一つの園の先生がほーーーんっとにジャイアン(性格)でそしてやる気がない・・。(他の園の先生たちとは順調にやってます)



私が何か始めればちょっと買い物行ってくるからーーっすぐ戻るわ!

と出かけて戻ってこない・・。


この作った凧を飛ばして遊んだ日も 知らない間に先生が消えていてこの後子どもが遊具に登ってやりたい放題。つかみ合いの喧嘩も始まり結局教室に撤収することになりました。



”先生たちとアイデアを出し合って、一緒に授業をよりよくしていきたいのに一人でやったら意味ないーーー!!そんな風にするなら他の幼稚園に行く!!もう来ない!!”と私が言い



”いやいやまって 今日は特別な用事があったからだよ 今度は一緒にするし、ね!!私たち友達でしょ?来週も来てくれるのをまってるわ!!”



みたいなやり取りが毎回繰り返される



子どもたちも先生がいなくなると普段弾圧されている分まで大暴れ。

学級崩壊とかじゃなくて・・・なんていうのかな・・・暴動?!

もうこうなったら私が何を言っても聞こえないし けが人が出るんじゃないかと思うほどに暴れる・・・。

持ってきたものも全部取り会いになって製作物なんて引きちぎられなにか授業をするような状態でなくなる・・・。



めっちゃ怒ってみたり、ひたすら傍観してみたり、賢い子を説得してみたり、違うことをして気を引いてみるも未だどの方法も成功せず・・。



結局は、大騒ぎの声を聞きつけた他のクラスの先生が怒鳴りながら入ってきて木の枝で子どもたちの頭をまるでモグラたたきのように片っ端から殴って出ていく。

そして、すすり泣く子どもたちと私が残される・・。



まるで地獄絵巻。





2年間で、先生おらんくても、鞭なしでも子どもたちをひきつけられる保育をすることを目標にしてるんだけど。そんな日が来る気がしない・・・・。

一人で授業が成功する日が来たら私は感動して泣いてしまいますよ。ホント。



こんな園もう2度とくるもんかーー!!って毎回思いながらも足を運んでしまうのは、きっと私が来たとき大喜び出迎えてくれる笑顔とか 授業で褒められたときの嬉しそうな顔とか めっちゃ楽しそうに作ったもので遊んでる姿とか見てしまうからかな・・。



最近は、この国にはこの国にあったやり方にそってやってるんやなって、理不尽なことも認められるとこが増えてきた。

でももうちょっとなんとかならんかなってところもある。

私が言ったからって、私の前でだけでよくするんじゃ何も変わらない。

そもそも変わる事なんてセネ人は望んでないじゃないかとも思うが。



鞭を使うことも、手洗いを一つのバケツで済ますことも、ゴミをどこにでも捨てることも、悪いとわかっていながら変わらないのには何か訳があるのかな???

こういう生活習慣を変えることは一筋縄にはいかないけれど・・・

諦めへんとやるしかないっか・・・・。

2011年4月27日水曜日

一年経過!折り返し地点

 セネガルに来てちょうど一年が経ちました。
一年たった隊員は一年報告会をしに首都に上がります。

私たち21年度4次隊はセネガル最多の18人で派遣されてきたので報告会も朝から5時までみっちりのスケジュール・・・聞く方も大変だったでしょう・・。



一人15分の活動報告。
初パワーポイント作りもなんとか乗り越え、、楽しく発表させてもらいました。
同期の活動報告を見て後一年私も頑張ろう!!っと とても良い刺激になりました。





翌日は大使公邸におよばれ・・・セネ服を着ていざ出陣!!!




大使公邸専属の日本人シェフが作った日本料理を食べるために 朝食 昼飯もほどほどに抑えて挑んだビュッフェ!!久しぶりの味に大感動!!食べまくりました!!

大使は気さくですごーーくいい人でした。
位の高い人ほど偉そうにしない。まさに能ある鷹は爪を隠す!!! そういう人素敵です。





さらに翌日ゴレ島に宿泊!海は寒かったけど楽しかったー。
・・・それにしても 大勢いるのにみんな自由・・個性派ぞろいでなかなかまとまりませんが・・・。
色んな人がいてそれでいい!!


 

日の入りを見に島のてっぺんへ・・。





 同期というくくりでこれほどまでに性格も、年齢も、職種も、出身地もバラバラなグループはいないのではないでしょうか・・・。
でも私たちは同期。なんだかわからない連帯感があるし、やっぱり同期といると無条件に楽しく。落ち着きます。
今回一緒にすごしてみて、みんなが大好きだなーと思いました。
本当に楽しかった!!

 シリアやエジプト、ニジェールやブルキナ隊員は避難勧告がでて日本に一時帰国又は撤退したりしています。 同じアフリカ大陸として人ごととは思えない。
任期の途中で帰国しないといけないなんて本当に悔しいだろうな・・・。

 先日隊員の訃報も聞いたばかりなので、改めて気を引き締め、自分たちが今セネガルで健康に活動出来る事に感謝して、この毎日がとても貴重で尊い一日である事をかみしめて充実した毎日を送れるように過ごしたいと思います。

2011年4月3日日曜日

2カ月まとめて公開

 日記を長らく更新していなかったので、、心配させてしまいすみません。

私はいつも通りとても元気です。

駆け足で空白の2カ月をざっと振り返ります。

 

行っている幼稚園を4園に増やしました。

おもに手遊びと製作をガンガンやってます。




首都ダカールで開かれた図工のセミナー

同任地の隊員3人と一緒に頑張りました。

TV局も来ていて しばらくはジャトゥ~~テレビに映ってたよ!!ってちょっとした有名人!




同期の看護隊員と一緒に手洗い巡回指導!これは同期の任地チャージャイの幼稚園。

すでに5園を回り終えました。カオラック20園を制覇予定。道のり長し。頑張るぞ!




帰国隊員のソワレ(お別れ会)でAKBを踊りました。

20-4の先輩方お世話になりました。日本に帰ってもあふれんばかりのパワーで頑張ってください。





EFI(教員養成校)で初授業担当!!

私は音楽をしました。

フラ語まだまだですがみんなめちゃ楽しんでくれました。未来の先生たちに何か伝わるといいなー。




先輩達が帰って傷心な仲間で かるたを作って遊びました。

寂しさは笑い飛ばせば和らぎます。

 




訓練所で一緒だった仲間がカメルーンから遊びに来てくれました。

海辺で一緒にジャンベをしたよ。楽しかった~~~。





 セネガルに来て一年が経ちました。もうすぐ一年報告会です。

何とか自分の伝えたいことも伝えられるようになって来ました。



自分って必要なのかな?って思うことはよくあるけど・・。

やりたいことがたくさん出てきて充実した毎日を送っています。



健康で毎日を過ごせることに感謝!!!

2011年1月29日土曜日

Mr マリック

 休日 いつも仲良くしている市場のおっちゃん(おっちゃんと呼んでいたら28歳で私より3歳も年下だったことに気付いて驚いているのだが・・・・)の家に遊びに行ってきました。

・体中にマラブー(イスラム教の偉い人)のお守りをつけて、いつもよりおしゃれしているサンバ(おっちゃんです)





・前から何かに似てるなぁー思っていたけど・・・・
セネ人の頭はグーグルアースでアフリカを上から見たときの写真に似ている(こらこら怒られるぞ)
まっ・・そんなことはどうでもいいのですが、一度遊びに行くと 両親だけでなく親戚や兄弟の家にも連れて行かれ挨拶に大忙し。
今回はお兄ちゃんの家で長居することになりました。

前にも来たことがあるんだけどその家のマリックがもうめちゃかわいい!!


・”僕マリック!マジシャンみたいな名前してるけど ビニール袋をかぶって毛が生えたよ!?っていうマジックしかできないよ。”



 昼ごはんは6人でチェブジェンいただきました。うめぇ~~。

・”まだまだお腹がすいているよ!”っと食べ続けるマリックとその兄モハメッド






・30分経って一人になってもまだ食べる。
ご飯粗末にしたらいかんですよ・・・っと3歳のマリックが体を張って教えてくれる。




・たくさん食べたら今度は出す。





・あまりにも長い間そこに座ってようを足しているので大人たちからからかわれ石を投げられるも・・ 



・”やめろよ~~っ砂遊びしてるんだからぁ!!”とひたすらマイペースなマリック。




・時々ママ助けて~~~っ!!と叫ぶが母は洗濯に忙しい。(私が来た3時間前からずっとそこで洗濯をしている。)



・やっとう○こが出たとホッとしていたら今度はオカンが洗濯の締めにわが子を丸洗い。
もうやめて~~!!っと泣き叫ぶ中 体中も顔も容赦なくスポンジでゴシゴシ洗われて心が折れるマリック。



・こんなジャムレック(平和)な休日。またくるね~。